スナップアップ投資顧問の過去の【グルメサイト銘柄】推奨株

■ ぐるなび(2020年9月推奨)

業種 飲食店の情報サイト運営
推奨時点の株価
(推奨日の始値)
662円
(2020年9月2日)
推奨後の高値 835円
(2020年9月24日)
上昇倍率 1.2倍
現在の株価 こちら→
市場 東証1部
(2005年4月、大阪証券取引所ヘラクレス上場)

ぐるなびとは

楽天が15%出資

飲食店の情報サイト「ぐるなび」を運営する会社。飲食店から徴収する加盟料を収入源としている。楽天が筆頭株主になっている。2020年3月末の楽天の持株比率15%。

有料加盟店は5万店

2020年6月末時点において、ぐるなびの有料加盟店の数は5.2万店。加盟店が払う「販促パックサービス」が、売り上げの半分近くを占める。販促パックを利用すると、飲食店は予算の範囲内でぐるなび上にバナー広告や特集企画を表示できる。お店は管理画面を利用して自分のページを直接更新することができる。

グーグル(Google)マイビジネスの脅威

アメリカでは「Googleマイビジネス」の普及により、グルメサイト大手「Yelp」(イエルプ)が伸び悩んでいる。日本でも、Googleマイビジネスの重要度が急速に高まっており、ぐるなびにとっても脅威になる。

食べログに差をつけられる

また、国内勢を見てもカカクコム(価格com)のグルメサイト「食べログ」に追い抜かれ、業績面でも差をつけられている。

「トレタ」(Toreta)などの無料予約システム

さらに、グルメサイト全体にとって脅威になっているのが、2010年代に創業された無料の予約管理システム会社だ。「トレタ」(Toreta)などのベンチャー企業が相次いで登場し、勢力を拡大している。

ぐるなび創業物語

滝久雄氏とは

ぐるなびの設立は1996年。創業者は、滝久雄(たき・ひさお)氏である。一般的にネットベンチャーの起業家には若い人が多い。しかし、滝氏は、56歳でぐるなび事業に乗り出した。

4年で三菱マテリアルを退社

滝氏は1940年東京都生まれ。1963年、東京工業大学の理工学部機械工学科を卒業。三菱金属(現三菱マテリアル)に就職した。

父親の会社に入社

しかし、わずか4年余りで退社。1967年、父親が経営する「交通文化事業(現NKB)」に入社した。父親の名前は、瀧冨士太郎(たき・ふじたろう)である。入社する前に、新しいビジネスのヒントを探しにアメリカを旅行したという。

電車広告のNKB

交通文化事業(現NKB)は、電車広告(鉄道広告)を主な事業としていた。電車広告とは、例えば、列車の中の中づり広告や、駅の構内の看板広告である。

1975年、父親が交通事故で急逝した。必然的に後継者となるが、まだ若かったこともあり、自らは代表取締役専務となり、社長は外部(京浜急行)から招いた。自ら社長に就任したのは10年後の1985年だ。

駅の情報端末ビジネス

滝久雄氏は早くから情報通信に着目していた。「都市における新しい情報伝達メディアを作りたい」「コンピュータを使った媒体を作りたい」と考えていた。

通信の自由化

1985年、大きな転機が訪れる。日本政府が「通信自由化」に踏み切ったのだ。これにより、NTT以外の企業が電話回線を使って通信事業ができるようになった。滝社長はこれをチャンスと見て、新しいメディア作りに乗り出した。

失敗に終わった新ビジネス

まず東京工業大学の後輩である久保征一郎氏(後の社長)をスカウトした。このほかにも優れたコンピューター技術者を集めた。

50億円を投資し、巨額赤字に

駅に設置するコンピューター端末を開発した。この端末で、駅の周辺情報を検索できるようにした。就職情報や不動産情報も閲覧できるようにした。結婚式場と二次会用の飲食店を画面で検索できた。 しかし、当時は通信回線が遅く、費用も高かった。このため、肝心の画像・映像の提供ができなかった。このビジネスに10年間、毎年5億円ずつ投資した。それでも事業は軌道に乗らなかった。赤字が続いた。

インターネットの登場

1995年にインターネットの存在を知った。映像を低コストで配信するための研究を重ねていた時だった。インターネットを使えば、従来の100分の1以下のコストで画像をリアルタイムに配信できることが分かった。

滝氏は「1000年に1度の革命的な技術だ。昨日までの常識は通用しなくなる」と考えた。直ちに、インターネットを使った新ビジネスを始めようと決意した。

外食産業に目を向ける

このチャンスに適したビジネスは何かと考えた結果、対象を「外食産業」に定めた。当時、飲食店の多くが販売促進の手段を持っていなかった。

飲食店のメディア

東京都内には約10万軒の飲食店があった。しかし、電話帳に広告を掲載している飲食店はわずか2500店だった。一方、消費者は店を探そうとしても、情報誌か口コミに頼るしかなかった。両者を仲介し、飲食店情報を伝えるメディアには、大きなチャンスが潜んでいると考えた。

ぐるなび開始

1996年に飲食店検索サイト「ぐるなび」を立ち上げた。米国で生まれた新興のインターネットベンチャー、ヤフーが日本に進出し、ヤフージャパンがサービスを開始してからわずか2か月後のことだった。

NKBの社内事業としてスタート

最初はNKBの事業部としてスタートした。既存の情報端末ビジネスを通じて、結婚式の二次会に使える飲食店の情報が社内に500店分あった。これが事業の最初の基盤となった。

閲覧は無料に

消費者はサイトを無料で見ることができるようにした。システム利用料は飲食店側に負担してもらう仕組みにした。

当時、ネットは現在ほど普及してなかった。ネット広告に対する認識も低かった。最初は、1カ月3000円という低料金に設定しても飲食店から契約が取れず、苦労したという。

飲食店を説得

しかし、小型パソコンを持ち込んでデモ画面を見せ、粘り強く営業活動を続けた。担当者の地道な努力で首都圏中心に加盟店数を徐々に伸ばしていった。開設4年目には加盟店が1万を突破した。

独立会社に

2000年、ぐるなびを独立会社にした。滝氏が社長に就任した。

2005年上場

2005年4月、新興市場ヘラクレスに株式の新規上場(IPO)を行った。上場前の時点において、滝久雄社長個人や親族の会社で68・3%を所有していた。2008年には東証1部に昇格した。

絶頂期は2009年

2008年から2009年ごろには、最大の飲食店検索サイトとして不動の地位を確立した。東京都内の繁華街を歩けば右も左もぐるなびに登録した店が軒を並べるという状態になった。ビルの中にはすべてのフロアで店舗が掲載済み、ということすら珍しくなくなった。

リーマンショック後の外食不況下にあって、好調な業績を維持した。

巡回スタッフ

ぐるなびは飲食店の収益を上げることをテーマにしてきた。営業のほかに、巡回スタッフと呼ばれる従業員が全国に配置した。毎週1~2度、同じ店を訪れて店長クラスと膝を突き合わせた。

店の雰囲気はどうかといった客目線での気づきを伝えることに始まり、客の入りやメニューなど、悩んでいる課題までも、ざっくばらんに話をした。加盟店は掲載料を払えば巡回サービスを受けることが可能で、追加費用はゼロ。

加盟店向けページ

「ぐるなびPRO for 飲食店」と呼ばれる加盟店専用のホームページも設けた。店が自らサイトを更新したり、食材や人材派遣のサービスなどの案内を見たりできる。また、データを使った店の経営分析も可能にした。

加盟店に興味を持った消費者がどのようなお店を検索していたのか、周辺の飲食店の予約はどのような状況なのかを知ることができ、戦略策定に役立てることができた。

食べログに抜かれる

しかし、独走状態に待ったをかけるライバルが登場した。カカクコムが率いる「食べログ」だ。食べログは猛烈なスピードでぐるなびを追撃し、2010年にサイト訪問者数のトップが入れ替わった。

口コミが人気に

食べログが伸びた理由の一つは、一般消費者が自由に書き込みできる口コミレビューが人気を博したからだ。

楽天の出資

2018年、日本のネット業界の王者である楽天と資本提携を結んだ。楽天は2019年に出資比率を引き上げ、筆頭株主になった。